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野生復帰で野生のトラを救おう

Balimbing Journal ノリミツ・オオニシ(Norimitsu Onishi)記、2010年4月21日

インドネシアの有力実業家、トミー・ウィナタ氏が、スマトラトラの野生復帰企画に資金援助することになった。

2頭のトラは、獰猛な唸り声をあげ、外にいる人間に向かって飛びかかり、円を描いて走り回っては檻に体当たりしていた。その間ずっと、彼らの眼は、動物園のトラには見られない凶暴な光を放っていた。しかしうまくいけば、このうち1頭は最終的に野生の世界に戻されることになる。

この種の実験は世界で2件しか行われていない。そのうちのひとつである今回の実験で、トラの専門家たちは、インドネシアのスマトラ島で人間や家畜を襲ったトラたちを訓練しなおし、野生に放す(リリースする)試みを始めた。人口の増加と経済開発により今残されている生息地からもトラが追い出されることが多くなるにつれ、人とトラとの間のトラブルは致命的な頻度で増加している。昨年、スマトラではトラが少なくとも9人の人間を殺した。そのほとんどは、これまでは手つかずで残されていた森の奥深くにまで入り込んだ不法伐採者たちだ。

過去20カ月の間に、自然保護関係者たちは4頭のスマトラトラをインドネシアで野生に返すことに成功している。一部の専門家は、このような試みを、今では3000頭を切った--言い換えれば1世紀前の3%未満にまで落ち込んだ、世界の野生トラの個体数保護に役立つ有望な戦略と呼ぶ。400頭足らずしか残されていないスマトラトラは、世界に生き残っている6亜種の中でも最も絶滅が危惧される亜種のひとつと考えられている。

トラを野生に放すことには批判の声もあった。この肉食動物にヤギや鶏を殺されたと申し立て、今では夜間の外出を恐れるようになった地元村民たちからの声も少なくない。世界自然保護基金(WWF)など一部の自然保護グループは、軍部との緊密な絆を利用して不動産や銀行業、鉱業、その他の産業で一大帝国を築き上げたインドネシアの有力実業家であるトミー・ウィナタ氏が財政援助するこのプログラムに関わることに、二の足を踏んでいる。

ウィナタ氏(51歳)は、彼の「トラ救済センター」をタンブリング自然野生動物保護区(Tambling Nature Wildlife Conservation)で運営している。これはウィナタ氏が所有する111,000エーカーの公園で、スマトラ南西部に飛び出している半島の最南端に位置する。

「俺はこの土地に命をささげてる」と、彼は言う。「みんな、俺についてなんだかんだと言うね。だが、この場所に来て俺以上にうまくやれる人間がいるかい?」

ワシントンのスミソニアン保全生物学研究所内の保全生態学センター所長であり、トラの専門家であるジョン・サイデンスティッカー氏は、最近まで住民とのトラブルを起こしたトラは捕獲されてインドネシアの動物園に入れられるだけだったので、「多すぎて動物園が満杯になるほどだった」と言う。

去年センターを訪れたサイデンスティッカー氏は、長期的に見てトラのリリースが成功するかどうかを言うにはまだ早すぎるが、ウィナタ氏の試みには感銘を受けたと語った。

「この試みにおいては彼が先駆者です」と、サイデンスティッカー氏は電話によるインタビューで述べた。「ほとんどの人は、住民とのトラブルを起こした動物に対して次のステップに進むこと、つまりその動物を自由にすることを少し怖がります」

この種のプログラムはほかにはひとつだけで、野生生物保護協会(WCS)が、過去10年間に5頭のアムールトラをロシア極東地域にリリースし、監視している。その結果はさまざまだ。2頭は集落の近くに残り、最終的には密猟の犠牲になった。1頭は野生に戻ったが、やはり密猟された。4頭目の首輪は10ヶ月後に外れてしまった。1月にリリースした5頭目だけが現在監視下にある。

バリンビンでは主に、トラがまた人間を恐れるようになるまで人々から隔離するという方法で、トラの再調整を行っている。トラは本能的に人間から離れていようとするが、程度の差こそあれ人間に対する恐怖心を失ったトラが問題を起こすのだと、この地で野生復帰プログラムのリーダーを務めるトニー・スマンパウ氏は言う。

「一度人間を殺したトラは、人間なんかたいしたことないと思ってしまうのです」と、スマンパウ氏は話す。

センターは2008年7月に、GPS追跡装置付きの首輪を装着したうえで最初のトラを野生に放した。人間を殺したと村人たちが思っているオス2頭である。信号によれば1頭は保護区域内の北方にテリトリーを確立し、もう1頭はさらに北に移動して隣接するブキット・バリサン・スランタン国立公園に向かった、とスマンパウ氏は明かした。数ヶ月前にさらに2頭が野生に放されたが、こちらはまだトラセンターの周辺に残っている。

とはいえ、檻に入れられた2頭のトラは人間を殺したことがわかっているので、センター職員たちは扱いに慎重である。少なくとも10歳にはなっているオスは弱りすぎていて、野生に戻しても生きることはできない。しかし職員たちは、サルマと名付けたメスは可能だと期待している。このメスは6人の村民を殺したと思われているが、その6人は子トラを捕獲したのではないかと疑われている。

この周辺には、ほかにおよそ30頭のトラが生息していると思われている。雨季には交通が遮断されるため、この時期バリンビンに行くには小さな漁船に4時間乗るしかない。

ふだんここに何機か持っている自家用ヘリコプターか飛行機で飛んでくるウィナタ氏は、年間1500万ドル(およそ13億9千万円:1ドル=92.56円 2010年5月7日現在)の予算の一部で80人の長期労働者を雇用したと話した。野生生物に興味を持つようになったのは、15歳で軍関係者用住宅を建築する会社に勤め、ボルネオとパプアの離島で働き始めてからだそうだ。

今ではアルタ・グラハ・グループの長として、ウィナタ氏はジャカルタ中央部のかなりの土地を所有している。にもかかわらず、彼はビジネスには飽き飽きしたと言いきった。

「不動産業をこなせないのはバカなやつらだけだ」と彼は言い、彼が情熱を傾けるのは1カ月に一度訪れるセンターだけだと主張する。

ウィナタ氏は小さな村のリーダーたちとよく会合を持つ。そのうちの一人、クサイリ・ラジャは、ウィナタ氏は村に仕事をもたらしただけでなく、無料の健康管理サービスや学校も提供してきたと話した。その一方で、ウィナタ氏が環境法の施行を推進し始めたことにより、村民の農業や漁業における活動が制限されるようにもなったと言う。

ネニ・サルマヤ(22)は、トラがいるので、今ではひとりで森に入るのが怖いと言う。「トラを放しても、私たちにはよいことはひとつもありません」と、彼女は訴えた。

多くのインドネシア人と同じくひとつしか名前を持たないスジャディ(53)は、トラに殺されたヤギ1匹につき、市場価値の28ドルではなく17ドルしかもらえないと不満をもらした。

スマンパウ氏によると、2008年7月には野生に放された直後のトラが家畜を襲ったことがGPSの信号からわかるが、それ以後の苦情は却下された。実際、不当な苦情があまりに多いので、失われた家畜に対して補償金を出すのをやめたとウィナタ氏は認めた。

「やつらは金が欲しいだけだ」と、ウィナタ氏は村民について言った。「今じゃ村民も、カメラ付き携帯を持ってるやつが多い。鶏かヤギを食べてるトラの写真を撮ったら見せてもらいたいもんだね。そしたら1000ドル払ってやるよ」
(翻訳協力 木田直子)

【JTEFのコメント】
本来、野生動物は人間と接触したくないし、人を襲うこともよほどのことがない限りありません。ただ、怪我を負って獲物を捕ることが困難なトラや子連れや、一度人間の味を覚えてしまったトラは、この限りではありません。トラの棲みかと人間世界とが離れていてすみ分けが出来ていなければ、トラも人間も安心して生きられません。
野生に戻したあと何年もそのトラを調査し続けて初めて評価ができます。ただ人とトラブルを起こしやすい環境を変えなければ、野生に放してもまた同じことが起こる可能性は高く、根本的な解決にはなりません。

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