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講演録

「地球の宝もの インドのトラとゾウを守る2012 バンダナ・キドワイ講演」

2012年9月28日 於:インド大使館インド文化センター

 バンダナ・キドワイVandana Kidwai
(インド野生生物トラスト事務局長補佐、開発室長、企画調整グループ・メンバー)

インド野生生物トラストのバンダナ・キドワイです。今日は、インドの自然の遺産の話を聞きにお越しくださり、ありがとうございます。皆さん、インドと言いますとIT産業で経済発展を遂げているとか、非常に大きな人口で人がひしめいている国だとイメージされていると思います。しかし、多くの方はインドが豊かな緑に覆われた森を持っている国だということをご存知でしょうか。そこには、多種多様な動物や植物が生息しています。トラやゾウのことをご存じだと思います。また、トラやゾウが絶滅の危機に瀕しているということをお聞きになったことがあるかたもいらっしゃると思います。しかし、多くの方はもしかするとトラやゾウが森の健全さを表す指標になっているということは、ご存じないのではないでしょうか。トラやゾウが消えてしまうということは、森がだめになる、ついには私たち人間にも被害が及ぶということです。

インドには重要な自然が多く存在する

この地図をご覧いただいてわかるとおり、インドは大きな国ですが、全世界の中での陸地面積は、わずか2.4%を占めるにすぎません。
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しかし、このインドにはその陸地面積の割合の3倍もの種の動物が暮らしており、また世界自然遺産が5か所、そして世界で最も重要といわれる湿地が16存在しています。この多様性の秘密でもあるのですが、インドはそこに暮らす動物や植物がそれぞれ異なった10のエリア(生物地理区分)に分けられています。この10のエリアというのが、絶滅に瀕した動物や植物の避難場所になっています。

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インドでは、3つの象徴的な動物が暮らしています。一つ目はアジアゾウです。そして、ロイヤルベンガルタイガーといわれるベンガルトラ、インドサイの3種です。これらフラッグシップ、シンボルといわれる動物は比較的知られていますが、これらの動物の背後には、多種多様な哺乳類、鳥の仲間、両生類、爬虫類、魚の仲間、無脊椎動物、植物が暮らしているのです。これらのうち少なからぬ数が絶滅の恐れに瀕していて、保護の手を借りなければならない状況となっています。

インドの遺産動物、アジアゾウ

まずアジアゾウですが、最近インド政府はゾウを守るため、国の遺産動物に指定をしました。また、ゾウはヒンズー教で幸運と繁栄の神として人々に慕われています。ガネーシャという神様です。
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まず、野生のゾウのことを少しお話したいと思います。ゾウは社会的な動物で、森で群れで暮らします。そして、森の中のある場所からある場所へと長い距離を移動します。ゾウはベジタリアンなのですが、森の中でその恵みを食べて、1日の大半をすごします。ゾウは1日にたくさんの植物を食べなければならないので、広い範囲を移動して食べ物や水を求めます。彼らは、使い慣れた道、決まった道を通って食べ物や水を求めますが、その道をわれわれは「ゾウ道」と呼んでいます。しかし、ガネーシャという神として慕われるアジアゾウは密猟の脅威にさらされています。立派な牙を持つオスは、その象牙のために狙われ、他のゾウたちも皮や肉のために密猟されます。ゾウが暮らす森は切れ切れに分断されつつあります。分断されてしまうとゾウは長い距離を移動することができません。彼らは実際、人間の活動に出くわさずに移動することは非常に難しくなっています。
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この写真は、一見するとすばらしい森の中でゾウが草を食んでいるように見えますが、そうではなく、これは茶畑です。森を切り開いて作った茶畑で、ここにもともとゾウが通っていたゾウ道があったわけですが、ゾウが現れると問題が起こります。ここで働いている労働者たちがゾウを恐れて衝突が起きます。また、子ゾウが茶畑の中に張り巡らされた水路に落ちてしまい、そこから上がれずに母親と生き別れてしまうようなことも起きています。このように、森がずたずたにされてしまうと、必然的にゾウが人間と出くわす機会が増えてしまいます。そこで、人の暮らしとゾウの暮らしとの衝突が起きてしまうことになります。この衝突というのは、具体的にはゾウが穀物を食べてしまったり、その穀物が貯蔵されている村の家を壊してしまったり、最悪の場合は人が殺されてしまいます。こうした衝突によって、毎年ゾウが100頭余り殺されていますし、人もたくさん命を失っています。

国獣であるベンガルトラ

トラは、インドの国獣です。この100年間に97%が失われました。まさに絶滅寸前の状況です。ここで、トラの映像を皆さんに見ていただきたいと思います。
(トラ映像解説)
トラは自然が与えた最も偉大な存在の一つです。しかし、悲しいことにこの最大の肉食獣は、インドから消え去りつつあります。その最大の原因の一つが、密猟です。毛皮、骨、内臓のためにトラが殺されています。10数年前、わずか5000頭と言われたトラが、現在はわずか3200頭にすぎないと言われるようになりました。トラを救うには、まさに緊急な対策が必要です。
健全なトラの集団は、健全な獲物動物の集団に依存しています。トラは1年に50頭の獲物を捕ると言われています。特に、大きな獲物を好みます。大きな獲物であれば、何日間も食べられるからです。大きな獲物の場合は、週に1回、獲物にありつけば、生きながらえることができます。しかし、このトラの獲物となる動物たちも、人々によって密猟されています。野生動物を守るための保護区の中でさえも、違法に殺されているのです。獲物の密猟は、トラに直接影響を与えます。たとえば、50頭の獲物が密猟されれば、1頭のトラの1年分の獲物がなくなってしまうわけです。
トラは、もともと生息していた場所の99%を人間によって奪われてしまいました。現在では、保護区の中でひっそりと暮らすだけです。その保護区の中でさえ、人々のプレッシャーが及ばないわけではありません。保護区の外は、農地や荒れ地にされてしまっています。人々は、トラの棲む森で薪や木材をとったりして、さまざまな森の恵みを過剰に利用しています。森の中で草を刈り、それを家畜に与えています。多くの外側だけでなく、内側にも人が住んでトラを圧迫しています。人々が育てた作物は、野生動物を誘います。たとえば、イノシシやシカです。そうして出てきたイノシシやシカを、肉のために密猟します。ワイヤーを使ったくくり罠が、毎日、何千も仕掛けられます。そおして、無差別に動物を捕獲して殺しています。
家畜を森の中に入れることは、非常に大きな問題です。家畜が食べる下草を早く成長させるために、森の下草をいっせいに焼き払います。火はすべてを焼き尽くし、動物の子どもも焼き殺します。何千もの家畜が森に入って草を食べてしまうと、トラの獲物となる野生動物が食べていけなくなります。そうすると、そういった獲物動物が減り、トラは家畜を襲うようになります。村人は家畜を食べられた仕返しに、食べかけの獲物に毒を盛り、トラを殺します。トラは、まさに密猟によって急を要する事態におかれています。野生動物保護法がインドでは定められていて、密猟を厳しく禁止しています。最高で7年の懲役刑も定められています。しかし、裁判は長くかかるため、犯罪者は恐れずに密猟を実行します。
トラは、同じ通り道を使う習性があるため、密猟者に狙われやすくなっています。巧みに隠されたトラバサミという鉄製の非常に残酷な罠が仕掛けらます。ここにいったん足を踏み入れると、トラバサミの刃が跳ね上がります。捕まったトラの毛皮を傷つけないように、密猟者はトラを殴り殺したり、口に槍を突き立てて殺します。母トラが殺されると、子トラは生きていくことができません。飢え死にするだけです。トラの毛皮や骨は、ネパールを通って中国に密輸されていきます。中国では、トラの骨を漢方薬の原材料にしているのです。密猟は組織化された犯罪グループによって実行されています。トラの毛皮や骨の需要を断たなくてはなりません。
密猟とは別に、生息地を守るために森の破壊とも戦わなければなりません。森の接続が断たれると、若トラが新天地を求めて旅立っていくこともできませんし、近親交配が進みます。しかし、開発の名のもと、野生の生息地は深刻に破壊されています。地下資源の採掘、巨大ダムの開発、鉄道や道路の交通事故。毎日このような開発が進んでいます。インドの生態系安全保障という観点から、政府や企業はこうした森を破壊せずに経済発展することを考えなければなりません。しかし、ここで質問です。トラは動物園にいるだけでいいのではないか、そうやって保護すればよいのではないのか? という問いです。それに対する答えは、2000年前のある一節に示されています。
「トラのいる森の木を切るな、森からトラを追い出すな。トラは森なしには死に絶え、そして森はトラなしには死に絶える」
これは、紀元400年頃の「マハーバーラタ」という書物(インド2大叙事詩の一つ)に書かれた一説です。

インド野生生物トラスト(WTI)が行う保護活動

インド野生生物トラスト(WTI)は、1998年にこうした森や野生生物を守るために設立されました。野生動物の保護活動は、科学的な調査を行い、その結果に基づいて計画を立てて実行していく必要があります。WTIでは、博士号を持った人などを含め科学者をスタッフに迎え、また現場で野生動物のことを取り扱う専門知識を持った人、獣医など専門家からなるチームを作っています。
これからWTIがトラ・ゾウ保護基金などと協力して行っている活動についてご紹介したいと思います。一般の方は実際にトラやゾウを保護するために、現場でどのような活動が成果を上げているのかお知りになる機会が少ないと思いますので、その点をお話したいと思います。

インドにおける野生動物の密猟対策

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まず、密猟対策ですが、インドの森や保護区は森林局のレンジャーたちが守っています。しかし、彼らはしばしば必要な装備を与えられていなかったり、十分トレーニングされていなかったりします。密猟者どのように捕まえるのか、そして密猟者を発見した後に彼らを実際に裁判で訴えるまでの証拠の確保などをどうするのか、パトロールの技術などのトレーニングが必要です。WTIは対密猟トレーニングをこのレンジャーたちに行い、また必要な装備を贈っています。こういった活動を日々続けているのです。
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WTIは、傷ついた野生生物の救護活動も行っています。この写真は、救護活動に使われる救急車ですが、移動獣医プログラムというプロジェクトです。この救急車はどんなところでも走れますし、その中には薬やその他の必要な医療機器が積まれています。そして、獣医が乗って出動します。WTIは北東インドに傷ついた動物のためのレスキュー・センターを持っています。そして、そこに運び込まれた動物の治療にあたっています。このレスキュー・センターにはしばしば子どものゾウやサイが運ばれてきます。彼らに十分な治療を施して、野生に戻します。

列車事故の犠牲になるゾウを減らすために

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インドでは、これまで100頭以上のゾウが列車による事故で死んでいます。ゾウの通り道を鉄道の線路が突っ切っているところでこのような事故が起きています。これに対する対策が必要です。左上の写真から、列車の運転手たちに対して、スピードを落とすことの重要性や、ゾウの行動についてトレーニングを行います。右上ですが、ゾウがよく現れる場所には注意看板を立てます。左下ですが、線路上にゾウが出てきたときにどの地点でスピードを落とすのか、どうやって早期に発見するのかといったことも検討します。右下ですが、夜間にゾウがよく出る時期には夜間パトロールも実施します。

生息地をつなぐ渡り廊下の森、コリドー

ゾウの生息する森が分断される、ずたずたにされる問題に対する一番有効な対策は、(森を丸ごと守ることが可能な場合を除けば)コリドーと呼ばれる渡り廊下を確保することです。人々の田畑や村が森の間に入り込んでしまっている場合、その間を細くてもつないでいる渡り廊下のような森をコリドーと呼びますが、このコリドーをどうやって確保するのかが課題です。このコリドーを脅かしているのは人口の増加や開発などです。それらがコリドーを断ち切ろうとしています。一つの対策は、コリドーの中に住んでしまっている人の村を移動させることですが、これは非常にお金がかかります。しかし、インド政府とWTIは協力して、インド内で88か所を重要なコリドーとして確認されている場所について、適切な場合は村を移動してもらう活動をしています。

ゾウと人との衝突を最小限にするために

コリドーが確保されるまで待っているわけにはいきません。人の暮らしとゾウの暮らしの衝突は、日々起こっています。そこで、写真にあるように、田畑に電気柵を設置してゾウの農作物被害を防いでいます。
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また、残念ながら作物の被害が起きてしまった場合には、失われてしまった作物を作物で返すという補償しますし、最悪にも死亡事故が起きた場合は、WTIが義援金を遺族に送るということもあります。こうしたことをしなければ、人々が仕返しにゾウに刃を向けることもあるのです。このコリドーを守るための活動ですが、先ほど申し上げた村を移動するということは、実際には非常に難しいことです。そこで、村はそのままだが森に対するプレッシャーを少なくすることが非常に重要な活動になってきます。

森に過剰な負担を与えず、人の暮らしも守る活動

森のそばの村は薪のために木を切ったり、家畜を森の中に入れて下草を食べさせたり、森に対してプレッシャーを与えています。この影響をどうやって減らしていくかが課題です。そのためにWTIは、こうした村の人々と協力して森に対する影響は少なくしよう、その代わり森を過剰に利用しないでも得られる新しい収入源を確保しようという取り組みを行っています。
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この写真はその一例ですが、はた織り機を村の女性たちに贈り、はたの織り方をトレーニングして家族の収入減に充てようという試みをしています。こうしたプロジェクトも、トラ・ゾウ保護基金などの協力で行われています。
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この左の写真ですが、こうした収入源を確保する前提として、なぜ野生生物が大事なのか、野生生物を守るということは森を守るということであり、そして森を守るということは、将来の村の暮らしを支えるということを深く理解してもらうためのセミナーも行っています。この右の写真は、池です。ここに魚を放して養殖し、それを村のタンパク源にするという活動もしています。森に入って小川の野生の魚を過剰に捕らなくても、村の敷地内の池でタンパク源を確保できるという取り組みです。

インド政府、州政府、国際組織への働きかけ

WTIは、インドの中央政府や州政府に働きかける活動も積極的に展開しています。
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右の写真は新聞記事ですが、国道の大規模な拡幅工事がトラ保護区のそばで行われるために、トラの棲む森が切れ切れになってしまうという問題が起きています。そこで、道路を大規模な高架橋にして森の木を切らずにすむように働きかけています。また、先ほどトラが毛皮や骨のために、ゾウが象牙のために殺されているとお話ししましたが、これはインドの外の需要が引き起こしていることです。つまり、これらの密猟された動物の体の部分は、国際取引されているのです。そこで、これらの国際取引を規制しているワシントン条約、またトラの生息国が集まって協力しあうグローバル・タイガー・フォーラムといった国際組織にも積極的に働き掛けています。

しかし、まだまだやらなければならないことは山積みです。WTIはトラ・ゾウ保護基金や、トラ・ゾウ保護基金を支えていただいている多くの方々のご協力をいただいて、さらにがんばっていかなければなりません。私たち世界中の人たちがお互いに手を取り合って、野生生物、森、私たちの環境を守っていかなくてはなりません。それは、私たちの暮らしにも大きくかかわっていくことです。ありがとうございました。


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