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ツシマヤマネコ違法捕獲事件から、野生動物の保全と飼育を考える

坂元 雅行
(認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金事務局長)

先日、ツシマヤマネコ(環境省レッドリストでもっとも絶滅のおそれの高い絶滅危惧IA類に選定)を15年間自宅で飼育していた長崎県の男性に対し、環境省は種の保存法の捕獲規制に違反する行為だが厳重注意にとどめる、と報じられました。
この事件を題材に、野生動物の保全と飼育の問題を考えてみたいと思います。

1 法律の視点から:救護は正当。しかし、そのまま勝手に飼育してしまっては、法律違反は免れない。


まずはっきりしておかなければならないことは、この男性の行為は明確に違法だということです。ツシマヤマネコは、種の保存法という法律で指定された「国内希少野生動植物種」です。その「生きている個体は、捕獲・・・してはならない。」とされています(第9条第1項。当時の違反に適用される罰則(第58条)は1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。また、ツシマヤマネコは、国の天然記念物でもありますが、文化財保護法もその「現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならない」と定めています(第125条1項)。
この男性は、道路でけがをしていた子ネコを保護、対馬に動物病院がなかったため、福岡県内まで運んで治療し、育てていたと報じられています(2013年10月25日 読売新聞)。負傷した野生動物を救護すること自体は、生命の尊重、他の生きものに対する他者愛から生まれる「人間的な」行為として尊ばれるべきですし、それが誤った方向に向かなければ野生動物保全の力ともなります。しかし、問題は緊急に救護した後、「無断で」完全に確保し、飼育するに至った点です。本来であれば、この男性は、緊急的にヤマネコを救護すると同時に、(今回ヤマネコが死にかけたときにそうしたように)環境省や自治体(教育委員会など)に連絡して、その指示に従うべきだったといえます。その場合、今回の件は行政が確定的に捕獲したという扱いで処理され、違法行為どころか法律で守られている野生動物の保護に貢献する行為だと賞賛されたことでしょう。
ただし、本件でそのような行動が実際にできたかのかという問題はあります。この捕獲が約15年前(前記読売)のことだとすると、ちょうどツシマヤマネコの「保護増殖事業」が本格的に実施される体制が整えられつつあった時期に重なります。報道によれば環境省が男性を(告発せずに)厳重注意にとどめた理由の一つとして「当時はセンターの救護体制が整っていなかったこと」があげられています。ただ、逆に言えば当時はそれだけツシマヤマネコを慎重に保護しようという情報が対馬の中でもホットな話題だったはずなので、その当日とは言わないまでも、その後速やかに環境省や自治体に連絡することもできたはずです。本当に15年間何も行政に情報が伝わっていなかったのか、真相はわかりません。

2 野生生物の保全とは何かという視点から:「長生きさせたのだから善行だ」というのは誤っている。

今回の事件について、ネットの反応だと次のような声もかなりあったようです。
・長生きさせて、何が悪い
・ネコは幸せだったはず

報道によれば環境省が男性を(告発せずに)厳重注意にとどめた理由のもうひとつの理由として「良好な環境で飼育されていたこと」があげられています(前記読売)。
なぜ、「良好な環境で飼育されていたこと」(長生きしたことはその証拠ともいえる)が種の保存法違反の追及に手心を加える理由になるのでしょうか。

この問いに対して、「そのヤマネコが長生きできたからだ」という答えは誤りだと思います。確かに、1頭1頭の命を大切にするという観点からは長生きさせたということは善い行為です。しかし、(絶滅危惧種を含む)野生生物の保全は、個体の命だけに還元できない別の価値に目を向けています。それは、地球上の生物界の摂理である進化の流れの中で、生まれ、変化し、滅びる野生生物としての種族の「寿命」を全うさせるというものです。野生生物たちは、他の生物や暮らす環境との複雑な関係の中で、形だけでなく、食べるものの種類も、食べ方も、1日の生活のリズムも、季節による暮らし方も、同じ種族の仲間の間の関係のあり方も、天敵への対抗の仕方も、子孫の殖やし方も、独自のものを作り上げています。そこに1つ1つの種(族)のアイデンティティーがあります。野生下の環境では、食べ物、水、隠れ場所の獲得をめぐって同じ種族の中での競争にさらされ、また天敵から命がけで逃れて生き延びる日々です。その中で、彼らの種族のアイデンティティーは作り上げられてきました。
このように「命がけで生きている」日々ですから、野生動物たちは、生理的な寿命まで生きられない個体が多いでしょう。その上、人間という全生物共通の圧倒的な天敵によって暮らし場所を奪われ、その環境をめちゃくちゃにされ、ときには直接殺されます。だからといって、「野生で生きるのは厳しいから、絶滅しないように飼育したほうがいい」という発想でよいのかということです。彼らが野生の種族としての独自のアイデンティティーがどこにあるかを考えれば結論は明らかなことです。そうしてしまっては、彼らは本当の意味での野生生物ではなくなってしまいます。このことを大原則として踏まえておきたいと思います。その上で、野生生物を例外的に飼育することが「保全」に反しない場合を考えるべきなのです。

野生動物全般の飼育の正当性についてここで十分論じることはできませんが、救護した個体の傷害、病気が重く野生に放せばいくらも経たないうちに死んでしまうという場合に終生飼育下に置かれることが行われています(関係法律は、鳥獣保護法と種の保存法)。実際の飼育事例のうちには妥当だといえるケースもたくさんある一方、残念ながらそうではないケースもあるでしょう。重要なことは、多少の障害を負っている個体や老衰した個体など、弱い個体は弱い個体なりにその野生生物の世界・その種の独特の社会の中で役割があり、あと数か月で死ぬだろうから捕まえてもよい、飼いっぱなしでよいということでは決してないことです。
 

3 絶滅危惧種である場合の特別な考慮

2で述べたことは野生動物全般についての基本的なことですが、絶滅危惧種については特別に考えなければならないことがあります。絶滅危惧種は個体数が非常に少なくなっています。種の保存を考えた場合、1頭、1頭が種族の存続を背負って生きているような状況です。絶滅危惧種の場合、(命を大切にするという観点とは別に)種の保存のために「その1頭」が生きられるようにすることの重みが顕在化しているといえます。何しろ、1頭もいなくなってしまえば、その種の復元は不可能なのです。
それゆえに、種の保存法も、「個体の所有者又は占有者は、希少野生動植物種を保存することの重要性を自覚し、その個体等を適切に取り扱うように努めなければならない」(第7条)とし、「環境大臣は・・・個体等の取り扱いに関し必要な助言又は指導をすることができる」(第8条)と定めています。
今回の事件は、いわば違法捕獲による「不法所有」ではあったわけですが、種の保存上の重みをもった1頭を「適切に取り扱」っていたという点を情状酌量したに過ぎないと環境省は言いたかったのでしょう。その前提にあるのは、限られた個体数で種族を維持し続けている絶滅危惧種は、野生の生息地から1頭たりとも切り離してはならないのが基本だということです。野生からの捕獲行為は、その個体による繁殖の機会を奪ってしまうことになり、その個体がいたことで成立していた社会的な関係、例えば複数のオスメス間の関係を壊してしまうかもしれません(特に、なわばり的な行動圏を持つヤマネコの場合はそのようなことが考えられる)。
短い新聞記事ではなかなか真意が伝わりにくく、誤解が生じてしまうおそれは払しょくできないのですが、「良好な環境で飼育されさえすれば、絶滅危惧種(野生動物)を積極的に飼育してよい」という考え方は誤っているということを確認したいと思います。

最後に、ツシマヤマネコの場合は、飼育を伴う公的な事業が行われているので、この点に簡単にふれたいと思います。これは、種の保存法に基づき、環境省・農水省が行っている「保護増殖事業」と呼ばれるものです(第45条以下)。その事業計画では「本種の個体数は減少傾向にあり、・・・生息地における保護対策の強化だけでは、これらの地域の個体数の回復は困難と考えられることから、飼育繁殖個体の再導入による野外個体群の回復を目的とした飼育下での繁殖を行う。また、併せて、伝染性の疾病の侵入、流行等による野外個体群の急激な減少に備えるため、飼育下での個体の集団の維持・充実を図るものとする」とされています。そして、「この事業は、島内の個体の一部を捕獲し、適切な施設に搬入することにより行うものとするが、必要な個体の捕獲は、野外個体群への影響を最小限にとどめるよう、最新の生息状況を踏まえつつ、段階的に実施する」ことが留意されています。その上で、「野外個体群が既に絶滅した地域あるいは減少が著しい地域において・・・生息環境の改善・回復を図り・・・飼育下の集団の維持の目途が立った段階で、飼育繁殖個体を再導入することにより、野外個体群の回復を図る」とされています。
確かに、生息環境の保全や管理だけでは追いつかないような個体数の減少傾向がみられ、このままでは手遅れになって絶滅するおそれがあるような場合、飼育下の個体群を作りだし、安定した暮らしを確保できる生息環境を整えたうえでそこに放つことは、保全のひとつの手法として考えておかなければなりません。
ただし、野生動物のかつての生息地に別の生息地ないし飼育下個体群から同種の個体を持ち込む「再導入」には様々な困難が伴います。たとえば、人間の生活環境や土地利用に影響を与える動物の場合等、いったんいなくなったものを復活させることに地域が合意するかどうかという社会的な問題などです。再導入される個体が人間の飼育下で繁殖されたものである場合に特有の問題としては、人手を離れて「厳しい」野生下で暮らす能力をどう身につけさせるかという困難もあります。技術的にも、コスト的にも大変なチャレンジといえます。ですから、理想としては、再導入に踏み切らざるを得ない状況にならないよう予防策をとっていく必要があります。個体数が著しく減ってしまった絶滅危惧種には様々なリスクがありますが、最も警戒しなければならないのは環境変動のリスクです。少ない個体数でも安定して存続できるよう生息環境の攪乱を可能な限り防ぐ努力が重要です。

ツシマヤマネコの親戚であるイリオモテヤマネコも、同様にレッドリストでもっとも絶滅のおそれの高い絶滅危惧IA類に選定され、法律でも国内希少野生動植物種、国の特別天然記念物に指定されています。しかし、イリオモテヤマネコの「保護増殖事業計画」では、飼育繁殖や再導入は具体的には取り上げられていません。
イリオモテヤマネコにとって幸いなのは、西表島の大部分が国有林に覆われ、人間活動による生息環境の攪乱が限定的であることです。
西表島は、対馬の700平方キロメートルに対して300平方未満とさらに小さく、野生のネコ科動物が存続できていること自体奇跡的ですが、それはイリオモテヤマネコという種族がもともと少ない個体数で生き続けるしかないという宿命を負っていることを意味しています。その宿命を尊重するためには、今も何とか保たれている生息環境の安定を保障していくために手を尽くすことが、何よりもイリオモテヤマネコ保全の目標となります。
認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金のイリオモテヤマネコ保護基金も、そのために次の活動を行っています。
・土地利用の変化が生息環境に悪影響を与えないようにするための、関係行政機関への具体的な提言活動
・交通事故防止のための島民による「やまねこパトロール」
・「ヤマネコのいるくらし」を日常にするための西表島小中学校での授業・教材作り

【参考】
2013年9月、環境省は、ツシマヤマネコについて、最新の生息状況(2010年代前半)の特別調査(第四次特別調査。平成22年度~平成24年度にかけて実施)の結果概要を公表した。その結論は、次のとおりとされている(対馬野生生物保護センターウェブサイト)。
・第四次調査結果では、上島において、分布の拡大や密度指数が増加した地域が多かったのは生息状況の改善を示す可能性を有するが、一方で、前回の第三次調査で特に密度指数が高かった地域の密度指数が低下しており、全体としては平準化していた。
密度指数が低下した地域があることについて、好適だった生息環境が悪化している可能性がある。
・推定生息数(上島の定住個体数)を2通りの計算法を用いて算出すると約70頭または約100頭と推定され、第三次調査と比較すると、ほぼ同じ、又は一割程度の減少という結果になり、少なくとも増加傾向は見られなかった。
・下島においては4地域で生息が確認されたものの、生息地が分断されており、生息個体数もごくわずかと考えられることから、いずれの生息地も消失する可能性がある。
・これらの事から、全体としては2000年代前半から2010年代前半にかけてのツシマヤマネコの生息状況は依然として改善しているとは言い難い状況にある。

上島においては、分布の拡大がみられる一方、生息密度が低下した地域がある原因としてそれらの地域では生息環境の悪化が推測されている。具体的には不明であるが、近年急増しているイノシシや高密度に生息するシカの採食圧による植生の変化が影響している可能性があるという。そのほか、イエネコやイヌによる咬傷などの影響も考えられるというが特定地域の密度現象に直接影響しているのかどうかには公表された概要ではふれられていない。
 なお、(全体の)個体数減少の重大な要因の1つとして、交通事故も指摘されている。平成24年度には交通事故により過去最多の13頭の死亡が確認されている。

環境省の今後の対策としては、次のとおりとされている。
・関係機関等と連携して、各種モニタリングや調査研究を実施し、生息状況の把握に努める。
・関係機関等と連携して、減少要因の分析と必要な対策を引き続き実施する。
・より危機的な状況にある下島においては、飼育下個体群の野生復帰の技術検討も含めた総合的な保全対策を推進する。



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