イリオモテヤマネコとその保全

イリオモテヤマネコとその保全について

イリオモテヤマネコの分類

イリオモテヤマネコは、その学術的発見(1965年)を受けて発表された論文(1967年)では、新属新種とされていました。その大きな根拠とされたのは、頭骨がベンガルヤマネコ属と似ていながら、多くの点で異なった特徴が見られたためでした。その後、しだいに新属説は支持されなくなったものの、ベンガルヤマネコ属の独立種なのかその1亜種なのかについてはしばらく見解が一致しませんでした。1990年代入り、DNAを用いた系統分類学が盛んになり、現在ではイリオモテヤマネコはベンガルヤマネコの1亜種Prionailurus bengalensis iriomotensisとする考え方が主流です。ただし、2021年のIUCNレッドリスト評価では、ベンガルヤマネコを「大陸ベンガルヤマネコ」と「スンダ・ベンガルヤマネコ」の2種に分類し(前者はLC、後者は)、満州、極東ロシア、台湾、西表島、対馬に生息する大陸ベンガルヤマネコは、一つの亜種Prionailurus bengalensis euptilurusと扱っています。

イリオモテヤマネコの形態

イリオモテヤマネコの大きさは、個体差があることを考えれば、イエネコと変わらないといえます。耳(耳介)の形(イエネコは三角形、イリオモテヤマネコは円形)や毛皮の模様について比較もされてきましたが、決定的な違いは、ヤマネコの耳の後部には白い斑紋(虎耳状班)があり、イエネコにはそれがないことです。これはイリオモテヤマネコに限らず、野生ネコ科であることを示す特徴となっています。

日本には、イリオモテヤマネコのほかに長崎県対馬にツシマヤマネコという、やはりベンガルヤマネコの1亜種が生息しています。両者の形態の違いについては、まず、イリオモテヤマネコは、ベンガルヤマネコの中でも毛皮がもっとも黒っぽいため、身体の色でかなり明確に区別できます。そのことと関係しますが、胴部にある斑紋はツシマヤマネコの方が地色とのコントラストが強く、明確です。身体の大きさはイリオモテヤマネコの方がやや大きく、とくにオスはその差が大きいとされています(イリオモテヤマネコのオスは平均4.01kg、ツシマヤマネコのオスは平均3.55kg)。外見からはわかりませんが、歯や骨格(胸骨)にも違いが見られます。

イリオモテヤマネコの分布

イリオモテヤマネコは、面積わずか284㎢の小さな島、西表島(沖縄県八重山郡竹富町)にだけ分布しています。西表島は24万~2万年前に大陸から隔離されたと考えられています。世界には約40種の野生ネコ科動物が生息していますが、イリオモテヤマネコは世界で最も狭い面積の中で長期にわたって生存し続けた野生ネコなのです。「生態」で述べるように、西表島の豊かな環境の中で豊富な餌種を食べるように適応していったことやイリオモテヤマネコの捕食者や競争者となる種がいなかったことが、イリオモテヤマネコの存続を可能にしたと考えられています。

西表島の地形は、傾斜の急な壁のような地形で「沿岸低地部」と「内陸山地部」に分けられますが、いずれにも広く分布しています。ヤマネコの生息環境としては、獲物となる生物が多様で豊かな沿岸低地部の方が、より適していると考えられている一方、それとの比較で内陸山地部ではどの程度の密度でヤマネコが生息しているかはわかっていません。また、沿岸低地部に生息するヤマネコと内陸山地部のヤマネコがどの程度交流しているかもわかっていません。

イリオモテヤマネコの個体数

現在のところ、イリオモテヤマネコの個体数は100頭前後と推定されています。ただし、そこでは、放浪個体の数が含められておらず、また内陸部の密度は低地部のそれの5分の1程度と仮定されています。内陸部の密度は依然として不明ですが、低地部の5分の1よりは高いとみられていることもあり、調査・研究が進めば推定が見直されることになるかもしれません。

正確な個体数推定は今後の課題とされる一方、増減の傾向は把握できるとされています。内陸山地部については、(近年では)環境の大きな変化がないことから、個体数は安定していると考えられています。沿岸低地部では、道路整備による交通事故増加を含め、いくつかの環境変化によって20%程度減少した推定されています。

イリオモテヤマネコの生態

行動圏は、オスで4.5㎢、メスで2.8㎢と、他のベンガルヤマネコと比べ狭くなっています。面積あたりの餌となる動物の生物体量が多いことや、西表島では、森林ばかりでなく、林内の湿地、低地部では川沿い、湿地、マングローブ林、海岸部など複雑な環境が行動圏に含まれ、狭い範囲で多様な獲物を採食し、休息、繁殖の場を確保できるからでしょう。この餌種の多様性は、イリオモテヤマネコの生態の中でほかの小型ネコ科と異なる大きな特徴です。多くの小型ネコ科が自分と同程度以下の大きさの小哺乳類(ネズミ、ウサギなど)または鳥類を高頻度に捕食しているのに対し、イリオモテヤマネコは様々な分類群の動物を採餌する。ヤエヤマオオコウモリ、クマネズミなどの哺乳類4種、シロハラクイナ、オオクイナ、シロハラなどの鳥類23種、キシノウエトカゲ、サキシママダラなどの爬虫類11種、サキシマヌマガエル、ヤエヤマヒメアマガエルなどの両生類6種、ヤエヤママダラゴキブリ、マダラコオロギなどの昆虫類26種、種は特定されていないがテナガエビやカニ類などの甲殻類までを広く餌としています。カエルが餌種の中で重要な役割を占めるという食性は、ネコ科のみならず食肉目全体でもめずらしいそうです。

母と仔が一緒にいるのを除いて単独性です。これはネコ科の多くが生息地とする森林という閉鎖的な生息地で進化してきた結果と考えられています。また、基本的に夜行性であるが、小型コウモリ類のように完全な夜行性ではなく、おもに夜間に活動し、薄明薄暮に活動性のピークを持つ。薄暮のピークは、西表島のカエル類や昆虫類で報告されている活動性のピークと一致するという報告もあります。

イリオモテヤマネコの社会

イリオモテヤマネコには決まった場所に定住する定住ネコと、オスの中に定住場所を求めて放浪する放浪ネコがいることがわかっています。放浪するのは親離れした若いネコや年老いたネコが多いようです。放浪オスはすべての個体が一生放浪しているわけではなく、どこかに行動圏の「空き」が見つけるとそこに定住して、定住オスになります。

イリオモテヤマネコのメスは、仔育てに必要な採食場所や巣を確保するために、良好な環境に定住します。そのため、行動圏はなわばり的で、定住メスどうしではほとんど重なりません。また、定住メスがいなくなると、行動圏の配置はほとんど変わらないまま、新しいメスが定住します。
イリオモテヤマネコのオスは、繁殖相手のメスを確保するためにメスがいる環境に定住します。そのため、定住オスの行動圏内には1~2頭の定住メスの行動圏が含まれることが多くなります。定住オスどうしの行動圏はほとんど重なりません。ただし、ライオンやトラのように、なわばりやメスをめぐる直接的な闘争を行うことはありません。
春:だんだんと気温が上がり、メスネコは昼間の活動が少なくなり、採食場所に近い樹胴の中などで1~2頭の仔を出産します。出産期は4~6月をピークに、かなり長く続くようです。
夏:母ヤマネコは活発に動く仔ネコたちを安全に、獲物を獲って食べさせるのに一生懸命です。
秋:仔ネコたちも独り立ちし、オスもメスも一頭で明け方や夕暮れに行動することが多くなります。オスの仔は放浪し、何年かして他のオスがいないメスの行動圏を見つけたら、それを取り囲むようにして定住します。メスの仔については、母親のそばにとどまり、いずれ定住する行動圏を譲り受けるのではと推測されていますが、今のところよくわかっていません。
冬:冷たい雨の多い冬はヤマネコたちの恋の季節です(2~4月がピーク)。昼間にも行動したり、これまでは別々に暮らしていたオスとメスが一緒に行動する日もあります。

参照文献:土肥昭夫・伊澤雅子(編). 2023. イリオモテヤマネコ 水の島に生きる. 東京大学出版会

[/vc_column_text][/vc_column][/vc_row]

イリオモテヤマネコに対する脅威と、その保全のためになされるべきこと

イリオモテヤマネコは環境省レッドリストで「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」(絶滅危惧1A類)に選定されています。法律では文化財保護法に基づく国の特別天然記念物、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律に基づく国内希少野生動植物種に指定されています。イリオモテヤマネコの危機をもたらす原因として、以下の3つがあげられます。

第1の脅威:交通事故と、それに対する保全策

西表島には唯一の幹線道路として、南東端から海岸線に沿って北岸を通り北西部に至る県道があります。イリオモテヤマネコの重要な生息地のある低地部を貫いて走るこの道路は、イリオモテヤマネコの行動圏内を貫通し、やむなく路上を移動するヤマネコの交通事故を引き起こしています。

1978年から2017年までの40年間で79件の交通事故が報告され75頭のイリオモテヤマネコの死体が回収されています。これは生息数が少なく絶滅にひんするイリオモテヤマネコにとっては無視できない数です。しかも、交通事故は全体に増加傾向にあります。2016年はもっとも事故の多い年となり、7頭の交通事故が発生しています。

交通事故防止対策には、イリオモテヤマネコが道路上に出ることなく海側と山側を行き来できるようにする道路構造上の対策と、制限速度40km/hの県道を走る運転者に注意を促し路上のヤマネコとの接触を回避させる対策があります。

道路構造上の主要な対策としては、すでに沖縄県によって道路の下に人が腰をかがめて通れる程度の小トンネル(アンダーパス)が、長さ53㎞の県道に123か所も設置されています。道路が高架になっている個所もいくつかあります。それでも交通事故は増加し続けました。そこで、道路に沿って侵入防止フェンスを試験的に設置することでヤマネコを路上に出さずアンダーパスを通らせる試みが環境省や県によって行われました。その結果、アンダーパスが「使用できる状態にあれば」一定の効果があることが認められましたが、定期的に清掃するなどの管理をすることが不可欠です。また、ヤマネコの人馴れ、道路慣れが進み、アンダーパスをあえて通らずに路上へ出てくるケースが増えている可能性もあります。車の運転者に対する効果的な注意喚起入域観光客数の制限による交通量の抑制などの手段をすべて組み合わせて初めて、効果的なイリオモテヤマネコの交通事故の防止が可能になるのです。

第2の脅威:生息環境の劣化とそれに対する保全策

イリオモテヤマネコがもっとも高い密度で生息するのは、沢や湿地林が豊かな低地部です。しかし、人間が様々な土地利用を展開するのもこの場所です。西表島に暮らす人々にとっては宅地や道路が必要です。もともとの基幹産業である農業用地の整備もここで行われてきました。近年主要産業となった観光業との関係では、リゾート施設の開発も行われています。こうした土地利用がイリオモテヤマネコの生息地内で行われると、イリオモテヤマネコの生息環境が悪化し、やがてはそこにあった行動圏を放棄せざるを得なくなります。

農地整備、リゾート開発、宅地開発など西表島低地部における土地利用は、法律の手続きに基づいて行われるだけでなく、イリオモテヤマネコの重要な生息環境に悪影響が及ばないよう配慮して慎重に計画・実施される必要があります。そこで土地利用に関する権限をもっている行政機関が、科学的で具体的な根拠に基づき、率先してヤマネコのために必要な配慮を行うことが求められています。

第3の脅威:観光客の入り込みによる生息環境のかく乱とそれに対する保全策

ヤマネコの重要な生息環境である沢や湿地林に入り込むようなツアーが増えていることが 懸念されるようになっています。あまり人が入らなかったところに頻繁に人が行き来することでイリオモテヤマネコの生活が妨げられるおそれがあります。また、大勢の人の踏みつけなどによって植生をだめにしたり、土壌が崩れたり、沢が汚染されるとイリオモテヤマネコの餌動物の生息にも影響が及ぶおそれもあります。
2021年に世界自然遺産に登録され、観光客数が激増すると予測されており、観光利用はイリオモテヤマネコにとってますます大きな脅威となります。

イリオモテヤマネコの重要な生息地であり、壊れやすくもある沢や湿地林などへの入り込みを悪影響のない範囲にとどめる必要があります。そのためには、入島する観光客数そのものを制限するとともに、入島を許された観光客がそれぞれの観光スポットに立ち入る際の総量規制を行うことと、立入りが許された観光客の行為(指定された遊歩道からはみ出さない等)の規制を行うことが必要です。また、イリオモテヤマネコの生息地を放棄したり、逆に人馴れすること(その結果、警戒心無く路上に出て事故にあい易くなる)を招くような観察行為を規制することも必要です。