ブログ・シリーズ・日本の象牙市場閉鎖 第2回:日本政府の象牙取引問題に関する政策とその問題点

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CITES CoP17における国内象牙市場閉鎖決議が採択された結果、日本政府の対応が注目されることとなった。しかし、決議採択直後の2016年10月4日、当時の山本公一環境大臣は、閣議後の大臣会見で「国内市場は違法取引若しくは密猟による国内市場だというふうには思っておりませんし、当然そういうことはありません」と回答。翌年の通常国会参議院環境委員会においても、「我が国の市場は密猟や違法取引に関与していないと評価されております。したがって、本決議によって我が国が国内象牙市場の閉鎖を求められるようなことはないと認識しております」との政府見解が答弁されている。その際、「これまで行ってきた国内市場の適正管理を継続することを基本としつつ、今回の改正(筆者注:後述する国内法の改正法案のことを指す。)で」「管理の強化を図りたいと考えております。これにより、象牙の国内市場の管理は十分なものになると考えております。」とも述べられている。

だが果たして、日本市場の閉鎖は、市場閉鎖決議の想定外という政府見解は成り立ちうるのか。まず日本の国内象牙市場の特徴を概観しよう。日本の国内象牙市場には、全形が保持された牙(以下「全形牙」という。)が登録されたものだけで約180トン(ゾウ約10,000頭分に相当)(2019年6月末現在)、約70トンの分割された牙(2017「年3月現在)が、その状態でまたは加工して、合法的に販売できる在庫として蓄えられている。加工される象牙は、その8割を占めるハンコをはじめアクセサリー、種々の工芸品、邦楽器部品等の様々な製品として製造・販売されている。象牙の製造、卸売、小売に従事する業者は、今日では、製造業者のごく一部を除き象牙専業ではない。しかし、象牙を取り扱う政府登録の事業者・事業所数は、計約1万7千にのぼり、象牙製品の流通が今なお広範に及んでいることがわかる。このような流通実態を支えるのが、ワシントン条約の規制に矛盾しないぎりぎりまで象牙取引を合法化する政府の象牙取引政策である。すなわち、国際商業取引禁止の発効(アフリカゾウは、1990年1月18日、アジアゾウは、1980年11月4日)以前に合法的に輸入又は国内で取得されたものであれば、(管理のための手続に違反しない限り、)すべて合法的に取引できる。その結果、日本の合法的な国内象牙市場は、国際的に市場閉鎖が進む中、世界でもっともオープンかつ最大規模と考えられている。 

ここで日本の象牙市場に懸念されるのは、第1に、「違法に輸入される象牙の隠れ蓑」になるリスクである。税関で発覚せずに水際を突破した密輸象牙が、合法性を装って流通に紛れ込み、ロンダリングされてしまうおそれが高まる(CITESの市場閉鎖決議案の提案趣旨は、まさにこの点にあった)。さらに、近年の中国、香港等の市場閉鎖が効果をあげれば、かつてそこを目指した違法象牙が再び日本へ向かうおそれも高まる。第2に、違法に象牙を海外へ持ち出そうとする業者にとって、オープンに仕入れができる「密輸出象牙の供給源」となるリスクである。
では、日本の国内象牙市場管理は、このような懸念を払しょくするだけの厳格さを備えたものといえるであろうか。ここでは3点のみ指摘する。

第1に、日本の国内象牙市場は、象牙の違法輸出に対して極めて脆弱であること。
CITES事務局の報告書によれば、2011年から2016年の間に、148件の日本からの象牙の違法輸出が記録され、うち113件(総重量約2.3トン)は中国への輸出だった。2019年にはこのような事例がさらに増えた。一例では、4月15日、中国税関が、大阪からウルムチ(中国新麗ウイグル自治区の首府)への密輸出された象牙の押収について発表、この件にかかわった犯罪グループは、日本に滞在する販売代行を通じ、インターネット・オークションで象牙を買付け、税関を欺くため、内容を偽ったり、合法的に送ることのできる物の中に隠して、国際郵便で送らせていたという。なお、日本政府は、「『中国当局の押収量』については政府としては把握していない」(衆議院議員の質問主意書に対する答弁)として、CITES事務局の報告書や中国からの情報提供を、事実上無視する態度を取っている。

第2に、全形牙登録制度の抜け穴のために、過去20年以上にわたり、取得時期不明の全形牙が合法化され、大量に在庫されてしまっていること。
国内の象牙取引は、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下「種の保存法」という。)によって管理されている。全形牙に限り、登録を受けずに、譲渡し・譲受け等することや販売目的で陳列・広告することが禁止されている。基本的に、1990年の輸入禁止以前に取得されたものでないと登録できない。ところが、環境省は、象牙登録の1995年施行以来、象牙の持主の親族や知人の「一筆」を裏付けとして象牙の取得時期を確認して登録する運用としてきた。近年のデータでは、2017年9月から2018年の8月までの1年間で1,905本もの象牙が登録されていたが、その98%は親族または知人の一筆で登録されていた。2018年10月には、宮城県警らによって、組織的な犯罪グループによって、この抜け穴が利用され、虚偽登録が行われていたことも明らかになっている。2019年7月1日、政府は、ようやく批判に応え、「家族の一筆」に加えて放射性炭素年代測定結果も求めることとした(この運用改善の効果については、今後の評価を待たなければならない)。しかし、日本政府が2017年8月末日から2019年5月末日まで地方公共団地を巻き込んで展開した、全形牙所有者に登録をはたらきかけるキャンペーンの成果もあり(この2年弱の期間に4,479本(約41トン)もの全形牙が登録されてしまっている。)、既に合法化された登録全形牙の在庫は180トン以上にも及ぶ。これらの取得時期の怪しい象牙は、引き続き、違法象牙の隠れ蓑として、また海外への違法輸出の供給源として機能し続ける。

第3に、全形牙のみを登録対象とする法の抜け穴に付け込んで、全形牙登録に関する規制強化を無力化する象牙業者の対策が既に実行されていることである。登録全形牙の分割が、2016年に急増、2017年も同水準を維持し、2018年の前半6か月には、それらの年をはるかに上回るペースとなった。一方、事業者が所有する分割された牙の在庫量は、これまでほぼ減少の一途をたどっていたものが、2017年に、前年のプラス24.8トンと急激に増加した。これらのデータから、象牙を加工する製造業者らは、前述の全形牙の登録制度の規制強化を予め見越したうえで、全形牙以外は登録しなくてもよい、という抜け穴を利用し、全形牙を分割した形態で原材料用象牙を在庫、取引し始めたことがわかる。
以上に述べたことだけでも、日本の象牙市場が、CITESの国内象牙市場閉鎖決議が対象とする市場の筆頭であると断言する理由としては十分ではなかろうか。
(坂元雅行 トラ・ゾウ保護基金事務局長)

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