ブログ:西表島の世界自然遺産登録が意味するもの

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2021年7月26日、世界遺産会議は「奄美大島・徳之島・沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録リスト記載を採択した。大手旅行代理店はこぞって歓迎ムードである。

西表島等の世界自然遺産登録推薦が採択されたことを受けて、
小泉環境大臣がビデオメッセージで挨拶

島の経済を牽引する観光産業が成長すれば、都市部から癒しを求めて訪れる観光客が増え、交通量も増加する。これがオーバーツーリズムのリスクである。世界自然遺産登録というバッジは、このリスクを加速度的に増大するポテンシャルを持つ。だが、このバッジは本来、世界レベルで顕著な普遍的価値があると証明された生物多様性を日本が守り抜くという誓約の証しである。バッジの威光でリスクが高まり、西表島の自然がダメージを受け、そのシンボルであるイリオモテヤマネコの絶滅リスクが高まるようなことになっては本末転倒といえる。

イリオモテヤマネコにとって最大の脅威となっているのが交通事故である。西表島は中央が台地状をなし、海岸線沿いに、標高の低い土地が帯状に走っている。そこがヤマネコにとっても好適な生息地となっており、なわばりがチェーンのように連なっている。問題は、島唯一の幹線道路である県道がそこを突っ切っていることである。森林保護の点から道路を作れるのもここしかないのでやむを得ないのだが、交通事故も避けがたい状況となってしまっている。近年はヤマネコが人や道路になれてしまって、頻繁に道路に出没し事故リスクが高まっているという問題もある。

2021年5月19日にやまねこパトロールのメンバーが、夜間パトロール中に撮影したもの子ネコ。 道路上でカエルを食べたり遊んだりしていて、追い返してもすぐ出てきてしまう。

次のグラフは、1989年から2020年までの西表島への入域観光客数と、イリオモテヤマネコの交通事故件数を示したものである(前者は竹富町、後者は環境省のデータ)。これを見ると、単純に評価できない点もあるが、入域観光客数の増減が交通事故の増減に影響していることは否定できない。

IUCNの2018年報告書では「観光客による環境の攪乱その他の影響、それらに関連した施設整備および事業活動は…西表島については、重要な現在の脅威である」と指摘、「入域者の適切な抑制の仕組み」を求めた。

そこで、環境省、沖縄県、竹富町は、2020年1月、「持続可能な西表島のための来訪者管理基本計画」を策定し(策定者は沖縄県)、年33万人(最大36万人)、日1230人が入島者の基準値とされた。しかし、33万人という基準値は、2018年時点での現状維持を超え、さらに36万人というのは、 過去のピーク時に準じるレベルである(上記の図の赤線は33万人と36万人のラインを示す)。これでは、IUCNが「入域者の適切な抑制の仕組み」を求めた趣旨に応えていないと言わざるをえない。

さらに、「来訪者管理計画」では、入島客数の総量を抑制する具体的な措置が定められていない。唯一の具体的取組みと言える「混雑カレンダー」は、「快適」から「超混雑」まで、潜在的な来訪者である一般人に対して、「混雑具合」の予測を伝えるものである。この「混雑カレンダー」はしかし、自発的な来訪時期の「分散・平準化」を目的とするものに過ぎない。そもそも客数抑制を狙ったものではないし、二次的に抑制効果が生じることも期待しがたい。

行政機関、地元の人々、やまねこパトロールは、ドライバーへの注意喚起、事故防止のための環境整備に努力してきたわけだが、その甲斐もなく、近年はヤマネコの交通事故が深刻化するばかりであった。2018年には9件という過去最多を記録し、2019年には4件が発生した。ところが、2020年には22年ぶりに事故数が0件となった。この現象は、新型コロナウィルス蔓延の影響で観光客が激減し、島内の交通量が減ったことによるものと考えられる。この事実により、ヤマネコの交通事故防止のためにも、観光客の総量規制がいかに有効かが示唆されることとなった。入島観光客の総量規制の重要性が改めて認識されなければならない。

今回の西表島等の世界自然遺産登録は、IUCNによる2021年報告で世界遺産リスト記載相当という評価がなされたことに基づいている。

世界遺産委員会で、評価結果について報告するIUCN

そのIUCNの報告書では、推薦者である日本政府に対して、次のように勧告している。

・特に西表島については、観光客収容力およびその影響の批判的評価がなされ、それが改訂された観光客管理計画に組み込まれるまで、観光客の訪問の水準を現在の水準に留めるか、または減少させること。

・絶滅危惧種(アマミノクロウサギ、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナなど)の交通事故死を減らすための交通管理対策の有効性を見直し、必要に応じて強化すること。

・締約国に対してはまた、IUCNによる検証のため、これらの行動の進捗および結果報告を、2022年12月1日までに世界遺産委員会に提出すること。

入島観光客数の総量規制は、短期的に見れば、地元の基幹産業である観光業に売上減をもたらす。しかし、中長期的に見れば持続的な観光業の基盤を固めることにもなる。西表島の世界自然遺産登録がイリオモテヤマネコの交通事故に対して、アクセルになるのか、ブレーキになるのか。そのもっとも大きなカギは、環境省、沖縄県、竹富町の入島観光客に対する効果的な総量規制の導入に踏み切るかどうかにあるといえる。

(坂元雅行 トラ・ゾウ保護基金 事務局長)