トラ

アジアだけに生息する野生のトラ。古来、強さの象徴とされるトラは今や地球上に4,485頭(ただし、将来的な種の存続可能性を評価する基準となる成熟個体は、そのうち3,140頭に過ぎません)。そのおよそ70%がインドに生息しています。レッド・リストでは、絶滅のおそれが「非常に高い」種に選定されています。生態系の中で、食物連鎖(「食べる・食べられる」の関係)の頂点に立つトラには、獲物を追いかけて移動する広く、豊かな森が必要です。トラを保全すること、それは森林などいくつもの生態系を含む地域(「ランドスケープ」といいます)を保全することにつながります。

プロジェクト

1.インドのトラ生息地支援プロジェクト

中央インド(マハラシュトラ州等)および南インド(カルナータカ州等)のトラの生息域で森林火災や密猟の発生を防止します。そのために、次の支援を行います。

・保護地域およびその周辺地域の管理措置としてのパトロール活動等への支援

・保護地域外の生息地や、トラが保護地域間を移動するためのコリドーとして使っている区域において、地域コミュニティが中心となり、地元行政(森林局)とNGOがそれを支える形で実施される、トラと地域住民とのコンフリクト緩和のための諸活動への支援

現地パートナー:Wildlife Trust of India(インド野生生物トラスト, WTI)

 

2.トラと森を守る環境学習プログラム

日本にいる子どもたちが、一方では人間と様々な点で異なるトラに抱く畏敬の念と、一方では共通点を見出して感じる親近感を、トラという存在への「共感」に高めることで、森に暮らす野生のトラの保全に関心が向かい、そのために行動する意欲を持つことになるような環境教育プログラムを制作、実施します。

トラの保全のためになされるべきこと

1.トラの生息地である森林パッチの環境悪化防止とその間の「渡り廊下」=コリドー確保

現在トラの危機をもたらしている脅威のひとつは、人間の土地利用による生息地破壊です。

現在トラの危機をもたらしている脅威のひとつは、人間の土地利用による生息地破壊です。
トラ本来の生息地である森林が、水田や油やし(オイル・パーム)プランテーションなどの農地、入植者の集落、金属や石炭の採鉱場に転換され、あるいは道路、鉄道、パイプラインなどによってズタズタに分断されています。特に第二次世界大戦後、かつてのトラの生息域は、トラが使える場所と、人間のせいで使えなくなった場所とのつぎはぎ(パッチワーク)状態になっていきました。

トラは狭い森林パッチ(断面)に押し込められ、さらにそのパッチは集落と放牧された家畜に取り囲まれました。林内に過剰な燃料木伐採の手が入り、大量の家畜が放牧されています。その家畜を襲ったトラは村人の怒りを買い、「害獣」として銃や毒によって違法に殺されてしまいます(20世紀には、ロシアや中国で大量のトラが報奨金付の害獣として合法的に大量殺戮されました)。

トラの保全のためになされるべきことのひとつは、生息地の確保です。

繁殖したトラを新天地に送り出している生息条件のよい森林パッチ(断片)を中心に、トラが生息するできるだけ多くの森林パッチで環境悪化を防止することが必要です。このような生息地確保は、保護区の中だけで達成されることはめったにありません。保護区は、広さや配置のあり方が十分といえないことが多いためです。

トラを長期にわたって存続させるだけの生息地確保は、もっと広大な地域を対象に、繁殖が行われたり分散してきた若トラを迎え入れたりする森林パッチ(保護区はこのような生息地の一部を囲んで指定されていることが多い)や、森林パッチが完全に切り離されないよう、森林パッチ間を「渡り廊下」のように行き来するための生息地を確保することが必要です。このような帯状の生息地(多くは森林)を、生物学的回廊=コリドーと呼ばれています。トラの「コリドー」としてもっとも重要なものは、トラが長年移動に使い続けてきた自然の森です。多少細長くて人が占拠する土地を縫うように伸びるような形でも、完全につながってはいない森が「飛び石」状に続いている状態でも、トラの「渡り廊下=コリドー」の役割を果たす可能性があります。ただし、餌となる動物がある程度豊かであることや人の活動による妨げが少ないことが条件です。長期の取組みが必要な対策ですが、これに失敗すればトラが長期にわたって生き延びる道は絶えることになります。

2.トラとその餌動物の密猟・違法取引の撲滅

トラの危機をもたらす脅威のもうひとつは、商業目的の密猟です。歴史的にはインド植民地時代にイギリス政府の役人とそれに追随するインドの地方有力者がトラのスポーツ・ハンティングに興じ、膨大な数のトラが殺されたことがよく知られていますが、それが許されなくなった後は密猟が大きな問題となっています。

密猟の主な狙いは、毛皮や、漢方薬の原材料にする骨にあります。虎骨入りの漢方薬の主な生産国は中国と韓国ですが、国際的非難の中、両国でも現在は虎骨入りの漢方薬の販売が禁止されるに至っています。しかし、虎骨に対する需要には根深いものがあり、中国は国内販売解禁の機会をうかがっています。虎骨の違法取引事例は世界各地で後を断ちません。日本でも以前は中国などから輸入した虎骨入り漢方薬を合法的に販売していましたが、2000年4月から禁止しています。

犯罪組織も絡んだ国境を越える虎骨や毛皮の違法取引を撲滅するには、ワシントン条約の規制をベースに、トラの生息国、消費国などの間の密な国際協力が不可欠です。密猟を助長することになる消費需要をなくすためには、特に消費国の努力が重要になります。

タイガーファーム

野生のトラが減少するに従い、中国ではトラを商業目的で繁殖させるタイガーファームが盛んになりました。そこでは5000頭〜6000頭ものトラが虎骨の漢方薬利用のために飼われています。中国だけでなく、タイやラオス、ベトナムにも繁殖施設があります。中国は野生のトラを守るために繁殖施設のトラの骨の販売を再開すべきだと主張していますが、そのような試みは虎骨の需要全体を活発化させ、「天然もの」を欲しがる人たちをかえって増やしてしまうおそれがあります。

獲物となるシカやイノシシの過剰な狩猟・密猟

トラの危機をもたらす原因のもうとつは、トラの獲物となるシカやイノシシの過剰な狩猟・密猟です。村人が生活のために行う場合もありますが、商業ベースの取引になると規模が大きくなり、密猟される数も飛躍的に増えていきます。

トラの餌動物の密猟・違法取引を撲滅していくためには、生息地の現場における密猟・違法取引の取締りが徹底されるとともに、密猟に関与している地域社会の意識や行動を変えることが必要です。特に地域への働きかけに当たっては、生活向上の支援と環境教育を組み合わせた、その地域社会にフィットしたプログラムを用意して、ある程度の時間をかけて実行していく必要があります。