ブログ:シリーズ・アジアゾウの歩んだ苦難の道と現状 第2回  南アジア:スリランカ

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インドに次いでゾウの個体数が多い国は、同じ南インドに属するスリランカである(ただし、その約6,000頭という数はインドとは1桁違う)。しかし、ヨーロッパ列強が進出した近代の時期にもっとも強く抑圧されたのは、おそらくこの島国のゾウである。

当時セイロンと呼ばれたスリランカでは、17世紀の半ば、ポルトガルにとって代わったオランダが植民地支配を強めていく。前者同様、ゾウがシナモンに次ぐ儲けの多い貿易商品であることに目をつけたオランダは、セイロンの支配者層の手から取引の権益を猛烈に奪っていく。当時ゾウを買い受けていたのはインド南西部の業者たちである。インドでゾウを調達すればよいようなものであるが、ゾウを捕獲し、馴らして、インド各地の支配者層へ売りさばくことは、セイロンの現地支配者層の数百年来のビジネスになっていたのである。

オランダは、ポルトガル人が導入した囲いワナ(漏斗状の囲いに、ゾウを群れごと追い込んで捕獲する。)を改良、1666年にはひとつの囲いワナで計96頭のゾウを捕らえたという。地元支配者が20~30頭の年間枠を設定して捕獲していた時期も、オランダは毎年それを大幅に超える150~200頭を一網打尽にしていた。捕えたゾウをインドへ輸出する拠点となっていたセイロン北端の町には、当時ゾウを飼う1500棟の小屋があったという。このようなオランダによるゾウの輸出ビジネスは続き、18世紀半ばころは、うち10頭が捕獲輸送の過程で死ぬことを計算の上、年100頭の捕獲をノルマにしていた。セイロンの支配者層も、オランダには敵わないもののゾウの生け捕りを続けていたから、この100年の間に相当のゾウが捕獲されていたことになる。

19世紀初めに植民地支配者がオランダからイギリスに代わっても、ゾウの取引は終わらなかった。ただし、ゾウはインドの地元支配者に売られていくのではなく、イギリスの東インド会社がインドの森林を切り開き、また貨物をけん引するための「道具」として必要とされた。19世紀後半の40年間には年間80頭以上のゾウが輸出されていたという記録がある。輸出までに死んでしまったものが多数いることを考えれば、それ以上のゾウが生け捕られていたのであろう。

セイロンでは、元々地元支配者による取引もあったわけだが、16世紀半ばに支配を強めたポルトガルに始まり、オランダ、イギリスと続く植民地支配のもと、300年以上にわたって大量のゾウが生け捕りにされ、飼い馴らされ、インドに輸出されてきた。その結果、特に19世紀の100年間には著しく個体数が減少したと考えられている。その影響は、大量生け捕りが停止した後もゾウの個体群に残り、20世紀前半まではゾウの数はじわじわと減少していったようである。

第二次世界大戦が終わったとき、島の半分はまだ森林に覆われていたといわれている。しかし、1972年のスリランカ独立に先駆けて農地と居住地の拡大が始まり、1988年には森林の割合は22%へと減少してしまった。その後も、独立以来の経済開発と言われた大規模なダム開発が島の東部で行われる。灌漑用水の確保と水力発電が目的である。このダムは、120㎢(東京ドーム2,500個分)の範囲を水没させ、ゾウの重要な生息地である連続した森林を著しく分断してしまった。

こうした戦後の激しい開発にもかかわらず、20世紀後半、スリランカのゾウは、じわじわと回復に向かった。皮肉な話であるが、耕作と焼畑農業の長い歴史は、人工的な水面、二次林化したジャングル、そして農地がモザイクを成すような人為的な植生を創り出し、このような対応がゾウにとって効率良く食物を供給することになった。組織的な大量生け捕りから解放された今では、これだけでも回復のチャンスとなったのである。その結果が、現在の約6,000頭の個体数であり、しかも安定した傾向にあると考えられている。

スリランカの首都コロンボでのワシントン条約第18回締約国会議開催は、テロ事件の勃発により、幻と消えた。

ただし、将来に不安を残す保全上の課題がある。スリランカのゾウは、切れ切れになった生息地の中にギュッと押し込まれた「ポケットの中の群」になってしまっている。高いゾウの密度と、ゾウの行動圏を横切ってずらっと並んだ耕作地および居住地は、ゾウと人とのトラブルの機会を増す。1950年から2003年の間には、毎年ゾウによって50人が殺され、その報復として、人々は作物を襲ったゾウを撃ち、感電死させ、毒殺し、少なくとも年平均80頭のゾウが殺されていた。現在では、年平均70 – 80名、250頭のゾウが殺されており、事態は悪化している(2017年には、87名と256頭)。また、狭い行動圏の中で生きるために依存する餌場は、人為化された二次林や農地にとどまらない。既に述べたダム建設が行われた大河の流域では、分断された森林の間にごみの投棄場所が広がり、そこにゾウが群がるようになった。2017年には、腐敗した残飯のこびりついたビニールシートを大量に呑み込んで感染死したオスゾウが話題になった。「ポケットの中の群」の悲しい現実がそこに象徴されている。

(坂元雅行:トラ・ゾウ保護基金事務局長、IUCN/SSC アジアゾウ専門家グループ メンバー)

参照文献

Sukumar R., 2011, The story of Asia’s elephants, Marg Foundation, Mumbai

Minutes and country presentations from 13 Asian elephant range states of the 9th meeting of IUCN SSC Asian Elephant Specialist Group 25 -27 April 2018, Bangkok, Thailand

“Deadly garbage dumps pose elephantine problems”, Sunday Times, May 3, 2017

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