ブログ:国際自然保護連合(IUCN)「アジアゾウ専門家グループ」ベトナム会議参加とベトナムにおけるゾウ保全の現状
https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSC_0101.jpg 401 386 Japan Tiger Elephant Organization Japan Tiger Elephant Organization https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSC_0101.jpg2025年9月17~21日、ベトナム南部のホーチミン市に近いドンナイ省ビアン・ホア市で開催された「アジアゾウ専門家グループ」(AsESG)の会合に参加した。私個人がそのメンバーであるというだけでなく、寄附をしているトラ・ゾウ保護基金(JTEF)として、その活動状況を確認するためである。会議中には、AsESGを支援する「保全パートナー」による円卓会議も開かれた(JTEFも参加)。そこでは、民間セクター(欧米の動物園が中心)による現地の保全活動支援をどう強化していけるかについて話し合われた。

アジアゾウ専門家グループ(AsESG)
AsESGは、国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会(SSC)に属する専門家集団である。レッドリスト(絶滅危惧種のリスト)の作成などで知られるIUCNは、1947年に設立された。第二次世界大戦後に国際連合が設立されるに伴って誕生した様々な国連機関のうち、国連食糧農業機関(FAO)と国連教育科学文化機関(UNESCO)が自然資源の賢明な利用を推進し始めた際、野生生物保全ないし自然保護conservationを推進するために、UNESCOから派生した組織である。国連機関ではないが、その成り立ちを反映して政府と非政府組織を共に会員とする特殊な構成となっている。設立当初、IUCNの大きな役割は、最も困難な環境問題の根本原因に苦闘する、小さく、弱く、しかし精力的な世界中の団体を、先進国の巨大で、専門性があり、資金が潤沢な団体につなぐことにあると考えられていた。その後、組織が拡大し、国家レベルでの持続可能な開発のための行動を強調するようになるが、創建時の志は、特に種の保存委員会(SSC)とそれを構成する専門家グループの中に脈々と受け継がれている。AsESGもその一つで、20カ国からの約130名からなり、(欧米先進国ではなく)アジアゾウ生息国ないしアジアの人々が圧倒的な割合を占めているのも特徴である。
絶滅の淵に立つベトナムのゾウ
ベトナムは、アジアゾウの生息国の中でも、急激な減少が始まるのが比較的遅かった国である。1940年代、あるフランス人農場主は(当時、ベトナムはフランスの植民地だった)、ベトナム南東部のドンナイ川氾濫原にゾウの大きな群れがライフルの射程範囲に収まらないほど広がっていたと証言している。たまたまゾウの背を数えたところ、2時間で175頭の大人ゾウがカウントされたという。この時代の雨が多い季節には、このエリアだけで数千頭のゾウが群れていたと考えられるが、これは、今日ゾウが生息するアジアのいずれの地域でもあり得ない規模である。

今回のAsESG会議が行われたのが、まさにこのドンナイ川流域に位置するドンナイ省。そこにゾウ唯一の生息地として残されているのが、カッティエン国立公園(面積720㎢)、それと隣接するドンナイ自然・文化保護区および林業会社が保有する森林からなるエリアである。だが、現在のゾウの生息数はわずか25~27頭と推定され、最近生まれた子ゾウが2頭確認されことを関係者が喜び合う状況である。そこには、かつてのゾウの繁栄の片鱗すら見えない。

ベトナム戦争(1954~1975年)の後半には、米国による空中からの枯葉剤散布によって、ベトナム南部の森林の20%に当たる森林が被害を受けた。しかし、それよりもさらに致命的な打撃をゾウ等に与えたのは、この戦争が被害地域に飢餓をもたらし、人々に食糧目的で野生動物を狩らせ、森林を次々と切り拓くよう強いたことだった。ベトナムの国土の森林被覆は、1943年時点の43%から、1990年の27%にまで減少した。その後は回復に向かうが、それは産業的植林によるもので、野生動物の生息に適したものではなかった。1990年代半ばになると、ベトナム政府の工業化・現代化路線により、9%代の高い経済成長が始まった[1]。当然ながら、開発がゾウの生息地を飲み込んでいくことになる。その結果、現在のゾウの個体数はベトナム全体でおよそ100頭。それぞれ孤立した個体群の中で一番数が多いのがヨックドン国立公園(ダクラク省)の個体群で70頭前後、それに続くのが上記のドンナイ省とゲアン省の個体群となっている。それ以外は、10頭未満とみられる。「1頭」と報告されている省すらある。

米国空軍のヘリコプター(2025年9月 筆者撮影)
ベトナムのゾウの保全に向けた国内的努力とAsESGによる技術的な支援
これほど少ない個体数であっても(たとえ1頭でも)、人とゾウとの衝突は起きる。人間の作る農作物は、おいしく、栄養価が高く、ゾウを誘引せずにはおかない。この地では、保護地域の絶対面積が限られているという事情もある。衝突の結果、農作物や人身に被害が生じれば、(それが違法であったとしても)ゾウが報復的に殺されるおそれがある。もはや1頭のゾウも失うわけにいかないベトナム森林局は、カッティエン国立公園等の保護地域と隣接する稲作水田との間に、延長84kmに及ぶ電気柵を設置している。


そのうえで、政府はゾウと遭遇した場合の「やるべきこと」「やってはいけないこと」の地域への普及に力を入れていた。ゾウの追い返しは「やっていけないこと」であり、ゾウが農地に出没しても基本的にはゾウの動静を見守ること、万が一ゾウを傷つけたときは罪に問われることを周知しているという。被害に対しては見舞金(賠償責任に基づく補償ではない)が支払われるとのことであった。この種の見舞金で金額以上にもめることの多いのが支払いまでにかかる時間であるが、その点について目を見張るような説明は聞かれなかった。ゾウの追い返しはパニックになったゾウによる人身事故のリスクが非常に高く、それを禁止するのは基本的には正しい。しかし、農作物への被害に関する責任を誰がどのように負うかによっては、そう言ってもおられないのが現実である。今後、地域コミュニティとの間のいっそうのコミュニケーションと、そのニーズに応えるさらなる支援が求められるであろう。

このように課題の存在はうかがわれるものの、AsESGや国際的NGOからの支援と激励を受けつつ、ベトナムの中央政府がアジアゾウ保全行動計画を策定、地方政府とも協力し、ゾウの保全に尽力していることには率直に敬意を表したい。同時に、その努力にもかかわらず未来が保障されているとは言えないベトナムのゾウたちが、自ら生物多様性保全のシンボルとして役割を果たしてくれていることが胸に迫った。彼らが少しでも長く生き延びて欲しいと願わずにはいられない。
(坂元雅行 JTEF事務局長理事)
[1] チャン・ティ・フエ. 2023. 「工業化」の現在と中所得の罠–製造業を事例に. 現代ベトナムを知るための63章(第3版)岩井美佐紀編著 第56章



