ブログ:「種の保存法」評価会議報告書の公表:揺れる日本政府。1年先延ばしとなった法改正で国内象牙市場の閉鎖は実現するのか?
https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2025/07/6229433689b4a0ce40732501ddb8f0d8-1024x1014.jpg 1024 1014 Japan Tiger Elephant Organization Japan Tiger Elephant Organization https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2025/07/6229433689b4a0ce40732501ddb8f0d8-1024x1014.jpgトラ・ゾウ保護基金 事務局長 坂元雅行
2016年、ワシントン条約第17回締約国会議(CoP17)で国内象牙市場閉鎖を勧告する改正決議が採択されてから9年。象牙業界を保護する経済産業省とその方針に追随する環境省にとって、これからの数か月は市場閉鎖にかじを切るかどうかの正念場となる。
2025年通常国会での動き
国会議員も、国内象牙市場の状況とそれに対する規制の見直しに目を向けるようになった。2025年通常国会では、3月28日の参議院予算委員会で、公明党の宮崎勝議員が「経済産業省としても、規制強化を図りつつ、象牙産業の実態を踏まえて、市場閉鎖も含めた方向性を国民に示す時期に差しかかっている」と述べたうえで、「タイミングの問題もある」として、「現在、種の保存法の見直しが検討されており、この機を逃せば、次の法改正の機会は十年近く先になる可能性もあります」と指摘した[1]。この質疑については、印章事業者から批判があったようだが、5月26日の参議院決算委員会で再度質問に立った宮崎議員は「国際情勢等も踏まえて、実際に市場閉鎖に向かうべきかどうか国民的な議論が必要な時期にきている」と強調している[2]。また、6月3日の衆議院環境委員会では、立憲民主党の松木けんこう議員が、「(象牙の国内取引を)無くしていく方向で考えていった方がよい」と環境省に求め、法改正を「是非早くやるように」と注文を付けた[3]。
ここで述べられている種の保存法とは、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」のことで、象牙を含め、指定された野生生物種の個体、器官、それらから作られた製品の国内取引を規制する。「国内象牙市場閉鎖」とは、大まかにいえば象牙の国内取引を禁止することであるから、それは種の保存法改正によって実現するのが王道ということになる。種の保存法の主管官庁は環境省だが、象牙の取引規制に関しては、経産省との共管とされている。象牙業界に影響を及ぼす取引規制のあり方については、業界の保護・監督官庁として、経産省が生殺与奪の権を握っておく必要があるからである。
象牙取引規制に関する課題整理・検証は新たな検討会へ先送りし、種の保存法改正法案は1年延期
2017年種の保存法改正法が、施行後5年を目途とする法の見直しを定めていた。そこで環境省は、2024年3月、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律の施行状況評価会議」を設置し[4]、同評価を実施してきた。その最終報告書が2025年6月27日にようやく公表された[5]。
報告書[6]には、象牙取引規制に関する一節も設けられており、この点に関する「施行状況評価」について、以下のように述べられている。
密輸や違法取引の取り締まり状況等を注視しながら、その撲滅に向けて、経済産業省をはじめ関係省庁と連携し、象牙の国内取引規制の更なる適正化に向けて課題を明確にすべく、平成29(2017)年の法改正(事業者登録制度等)の効果や運用についての検証も踏まえつつ流通実態の分析を行い、分析結果に応じて適切な措置を講じる。また、適正な象牙取引の推進に関する官民協議会等を通じてステークホルダーとの対話を行い、CITES COP20に向けた準備を進めていく。(文字の強調は筆者による)
環境省は、この報告書を公表した記者発表の中で、「施行状況評価会議」として「平成29年改正事項を中心に検討・評価を行うとともに、課題を整理してきました」[7]と述べている。しかし、上記のとおり、象牙取引規制に関しては、課題の整理、分析、評価が今後にゆだねられるという特別な扱いになってしまっている[8]。
さらに注目されるのは、種の保存法見直し全体の「今後の展望」として、「本報告書で整理された課題を踏まえ、検討会を設置し、令和7年度~8年度にかけて、制度のあり方の検討を進めます」とされたことである[9]。つまり、種の保存法改正案は、2026(令和8)年度以降に準備され、国会に提出されるのは早くて2027(令和9)年ということである。当初は「R7年度以降 中環審(野生生物小委員会)」へ「制度改正等を伴う場合には必要に応じて諮問」と述べられていたとおり[10]、基本的には2026(令和8)年国会への改正案提出が想定されていた。つまり、種の保存法改正法案を1年先延ばしにする方針変更があったとみられる。
1年の遅延はどのように受け止められるか
象牙取引規制に関する課題の整理、分析、評価が「評価会議」に後続する検討会に先送りされたことと、種の保存法改正法案の国会提出が1年先延ばしにされたこととが直接関係しているかどうかは不明である。しかし、これまで頑として国内象牙市場閉鎖を否定してきた経産省および環境省が、この間の内外の新たな動きを考慮し、種の保存法改正の機に政策変更する余地を残す方針に転じたと見る余地はある。両省に影響を与えた動きには、第1に、ワシントン条約の公式プログラムで把握された、世界で違法に取引された象牙の押収について、違法取引に関係した国ごとのデータが公式に公開されたこと[11]、第2にそれがNHKに取り上げられ[12]、さらに第217回国会で野党のみならず与党の質疑でこの問題が取り上げられ、市場閉鎖の検討が求められたことも含まれるであろう。
種の保存法改正法案の提出が1年先延ばしにされたことは、遺憾というほかない。2027年と言えば、前回の改正が行われてから丸10年後となる。諸外国と比較しての著しい遅れは覆うべくもない。ただし、この1年が、ワシントン条約決議の求める国内象牙市場閉鎖を名実ともに実現するために有効に使われるのであれば、そこに積極的な意義を認めることができよう。実際に市場閉鎖を実施するに当たっては、条約決議が認める「一部の品目に関する狭い例外」の検討など、関係事業者や文化的な重要性が認められる象牙利用に携わるユーザーの利益を「不当に」侵害しないためのソフト・ランディング策の検討が必ず必要となる。一方、単なる「時間稼ぎ」は決して許されない。
その後も止まない象牙市場維持への逆風
その後も、日本の象牙市場維持政策に疑問を突き付ける出来事が続いている。2025年5月末には、「国内象牙市場閉鎖に関する請願」が受理されているが(審査未了)、この請願書の紹介議員には、野党第一党の松木議員とともに自由民主党中堅の岩田和親議員が名を連ねている[13]。6月4日には有力な象牙製ハンコの製造業者である醍醐象牙店関係者が警視庁によって逮捕されたことが報じられた。この事件は、環境省・経産省との「官民」一体の努力で「適正な象牙取引」を推進してきたはず[14]の東京象牙美術工芸協同組合[15]のメンバーが、種の保存法による規制を著しく怠っていたことを白日の下にさらした。 こうした中、2025年11月24日に開幕するワシントン条約CoP20(ウズベキスタンのサマルカンド)に向けて、国内象牙市場閉鎖に関する議案書が提出された[16]。提案したのは、アフリカのブルキナファソ、エチオピア、ニジェール、セネガルである。この議案書では、日本に関する決定案も提案されている。環境省は、今回公表された評価会議報告書でも「適正な象牙取引の推進に関する官民協議会等を通じてステークホルダーとの対話を行い、CITES COP20に向けた準備を進めていく」と述べており、CoP20での審議では、まずもって市場閉鎖に強く抵抗する姿勢を見せる公算が高い。しかし、多勢に無勢という流れとなった場合にはどうするのか。審議のゆくえは、2027年種の保存法改正によって国内象牙市場閉鎖を実現するかどうかについての経産省・環境省の方針に大きな影響を与えることになるだろう。
[1] 第217回国会会議録 参議院 予算委員会 第14号(2025(令和7)年3月28日)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/kaigirok.htm
[2]第217回国会ビデオライブラリ 衆議院環境委員会(2025(令和7)年5月26日)
https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
[3] 第217回国会ビデオライブラリ 衆議院環境委員会(2025(令和7)年6月3日)
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=55838&media_type=
[4] https://www.env.go.jp/nature/kisho/kagaku/01306.html
[5] https://www.env.go.jp/press/press_00038.html
[6] https://www.env.go.jp/content/000324539.pdf
[7] 注4参照
[8] 象牙取引規制について本来「施行状況評価会議」がなすべきであった評価は、後述する(中央環境審議会(野生生物小委員会)のもとに設置される)「検討会」に提出される資料作成の過程で、環境省と経産省によって準備されることになるのであろう。
[9] 注4参照
[10] 令和5年度 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律 施行状況評価会議(第1回)資料1–2「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存につき講ずべき措置の 検討の進め方について」
https://www.env.go.jp/content/000209896.pdf
[11] https://etisonline.org/data-aggregates
[12] https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250215/k10014723191000.html
[13] https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_seigan.nsf/html/seigan/2171780.htm
[14] 適正な象牙取引の推進に関する官民協議会 第1回会合 資料4 https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12166597/www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seizou/zouge_torihiki/pdf/001_04_00.pdf
[15] https://www.tokyo-ivory.or.jp/index.html#yakuin
[16] https://cites.org/sites/default/files/documents/COP/20/agenda/E-CoP20-076-02.pdf



